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着いたその足と帰りがけの二回、軽く見舞ってきた。それなりに弱ってはいたけれど、まあまあ元気そうだったのでそこは一安心。姪っ子が知らん間に女子高生になってて、なおかつ少々腐女子風味に磨きがかかってた事に驚きつつ不安も感じたりして。
んまあ親父の病状そっちのけで、酒飲んで帰ってきたようなもんですが。
眉村卓 著
カバーイラスト 加藤直之
カバーデザイン 岩郷重力 + WONDER WORKZ。
創元SF文庫
ISBN978-4-488-72901-1 \1500(税別)
宇宙に進出し、数多くの惑星を人類の植民地としてきた人類。今、その開拓の歴史は拡張の時代に一応の終止符を打ち、軍政による惑星支配から、官僚制による、より"民主的"な惑星管理への時代へと変遷を遂げようとしている。その最前線に立つのが、厳しく長い官僚としての訓練を積んだ司政官と、彼をサポートするSO、LQシリーズに代表されるさまざまなロボット官僚たちで構成された、司政庁であった…。
眉村卓のライフワークとも言うべき「司政官」シリーズの中短篇7編を、そのエピソードの発生した時代順に並べた短編集。
帰省のお供、行きの一冊目は日本SFの金字塔にして他に類をみない、"官僚"をテーマに据えた短編集。短編集とはいえ、中編レベルと言っても良い「長い暁」、「限界のヤヌス」も収録されているものだから、かなり分厚い一冊になっていて読み応えも充分。司政官制度の時系列に沿って短篇を再配置したため、執筆された時期が前後する事になってしまい、これがために作家のシリーズに対する気持ちの変化、みたいなものを追えない恨みのようなものはあるが、そこは解説やあとがきが充実しているから、そこで補完できるかな、というところ。
で、眉村氏ご自身のあとがきからも伺えるとおり、"司政官"というテーマは、このシリーズがまだシリーズとしてすら認識されていない初期の状態においては、あくまで設定上の彩りのひとつでしかなかったものが、司政官が現代社会における官僚そのものであることに気づいたところで、さまざまに話が拡がっていく可能性が生まれた、という事なのだろう。それ故初期の作品では、官僚制の理想論や矛盾に対する考察よりも、どちらかといえばファースト・コンタクトにおけるカルチャー・ギャップをどう埋めるのか、あるいは埋めないのか、といった趣のお話が多めになり、それがシリーズの執筆が進むに連れて、異星文明よりもむしろ、植民事業における官僚機構の事業推進において、何が障害となってくるのか、そしてその障害を生む大元は何なのか、といった部分への考察に重きが置かれるようになってくる。
もとより官僚制というものは、完成の域に近づくにつれて冗長な部分が排除され、それが却って硬直化を産み出すようなものであると思うのだが、異星に赴き、そこの先住民族たちの利益と、人類文明からの植民者たちの利益をともに保証し、さらにその双方の収支をあげていく、という事業は、その出だしの実現目標からして矛盾をはらんでいるわけであり、その矛盾をあらかじめ予想した上での制度導入だったのか、早晩破綻を来たす事が分かっていても、短期的には官僚の力を期待せざるを得ない事情があったという事なのか、なんて部分に思考を向けると、それはそのまま、しばしば批判されながらも持続している、現在ただいまの我々が目にしている官僚機構の抱える問題点に、いろんなところがリンクしている、とも思えてくる。優れたSFは未来を描きながら、同時に現在ただいまの我々の世界の問題点も、鮮やかに浮き彫りにしてみせる、と言う良い見本だな、と思わせられる。
そんな事を考えつつ、それ以上に印象的なのは、やはり日本SF第1世代、と呼ばれる作家たちの作品には、「描かない」事が産み出す「品」のようなものが感じられて、そのあたりの味わい深さ、ということになるだろうか。官僚が結構重要な役割を果たす日本SFというと、「エリコ」を思い出すんだけど、あれはあれでサービス満点(いやもうホントにね)で楽しいのだけれど、官僚という機構に思いを馳せさせる(それが最終的に読み手の中で形になるかどうかは別として)力、みたいなものに関して言うなら、どこか奥ゆかしく、一歩引いた描写を心がけている「司政官」シリーズの方に、より思考の振り幅みたいなものが許されているような気がするのだよな。最後の一線の決めつけをするかしないか、ってのは結構大きな部分のような気がするし、そこを敢えて読者にゆだねる、ってのは、ある意味読者に対してよりシビアに、本を読む姿勢を要求しているように思える。
そこら辺のシビアさが稀薄な私なんかは、どうしても最後の最後でムードに流れてしまうわけですが。
★★★★
スティーヴン・グールド 著/公手成幸 訳
カバー・デザイン ハヤカワ・デザイン
ハヤカワ文庫SF
ISBN978-4-15-011653-8 \705(税別)
初めて"ジャンプ"したのは5歳の時だった。それから両親は、ぼくのこの能力を悟られないよう、世界の各地を転々とし、幼いぼくにさまざまな生き残りのための技術を伝授してくれていた。明らかにぼくの存在を消し去ろうとする勢力が、この世にはあるらしいのだ。そうは言ってもロウ・ティーンのぼくにはまだ、事の重大さが完全には分かっていなかった。そしてそんなぼくの軽はずみな行動が、取り返しのつかない事態を引き起こす事になったのだ…
帰省のお供、2冊目。「ジャンパー」の映画化に乗って(なのかな)登場したもう一人のジャンパー、グリフィンの少年から青年へグローイング・アップしていく過程を描いた一種のスピンオフ小説。前書きでそのあたりの事は、著者本人が述べているとおり、最初の「ジャンパー」の小説世界ではなく、映画「ジャンパー」の方に密接にリンクした作品であるという事なのだそうで、本書を十全に楽しむには、映画を見る必要があるのかも知れない、が今のところ映画の方はあんまり食指は動かないなあ。
さて、
映画の原作、「ジャンパー」は本国での刊行が1992年、日本では97年に文庫が出ている。出た時に買って読んだのだけど、当時のログ引っ張り出してみたらば、序盤少々鼻につくが、全体としてはまあまあ、ジュヴナイルのお約束を押さえつつ、良い感じに楽しめる作品なんじゃね? みたいな感想を書いていた。まあ劇場の予告で「ジャンパー」と聞いて、すぐに小説を連想したんだから、それなりに印象は強い作品だったのだろう。ってほとんど憶えてなかったけどね。
そんな作品のさらにスピンオフものなわけで、しかも著者の前書きにもあるとおり、あくまで映画版とリンクする作品であるという事もあり、文庫版を出た時に読んだ身としては、あちこち「時代合わねえだろ」感みたいなものは感じなくもない。いきなり「ハリー・ポッター」の話とか出されてもね、ってな感じはあるのだよね。
ただ、この人の小説は、とにかく登場人物がやたら念入りに段取りを決めていくあたりの描写が面白く、それは実はこの人の日本での第2作目、「ワイルドサイド - ぼくらの新世界」の方で顕著になるんだけど、とにかく何かをしようと思ったら、そのために必要なものが何かを割り出して、それをどうやって入手して、みたいな流れにヤケにご執心で、そこを読むのが結構楽しかったのだけれど、その魅力は本書でも健在でそこはちょっと嬉しい。
真性ヒーローのデイヴィーに対する、ややダークヒーロー気味なポジションになるグリフィンゆえ、どうしてもお話は鬱展開側にシフトしてしまうのだけれど、著者グールドさんの、段取り重視な部分に久しぶりに再会できたような気がして、そこはちょっと楽しかったです。
★★★
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そうそう「司政官」とか適度に不親切なのが良いですね。<br><br>近頃の日本人作家の作品は親切すぎてそれ以上に拡がらない感じ。<br>まぁ小説に限ったことではないようですが。