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山本弘 著
カバーイラスト 鷲尾直広
カバーデザイン 電光肋骨団 + S.I
ハヤカワ文庫JA
ISBN978-4-15-031034-9 \660(税別)
ISBN978-4-15-031035-6 \660(税別)
ミラーマターと呼ばれる、光学的にも電子的にも極めて認識が難しい物質で構成された小惑星、2075A。その調査に向かった宇宙船のクルーによって、ようやくその存在が確認され、新たにシーヴェルと呼ばれることになったその星は、調査が進むにつれて人類最大の脅威となることが明らかになってきた。地球の620倍の質量を持つシーヴェルは秒速290キロで太陽系方面に進んでおり、しかもその軌道は24年後に、わずか40万キロの距離で地球軌道と交差するのだ。このままでは地球は壊滅的な災厄に見舞われる。人類に生き延びる術はあるのだろうか…
「妖星ゴラス」のプロットに最新のSF的フカシをちりばめて、「ゴラス」をより意味が通るような形に再構成した作品。「ゴラス」しってるひとは時折ニヤリと出来るって特典があるけれど、別にそちらを知らなくても充分楽しめるものになっている。ただし自分的には、山本弘が作り上げた未来社会はすんなりとは受け入れづらいものになってしまっている。
ここで山本弘が構成したおおむね70年ばかり先の社会とは、ボカロとアイマス的メディアがニコ動に乗っかって人口の隅々まで膾炙して、そこに新しいメディアとしてのビジネスモデルが確立されている世界だ。その基本的なモデルの是非については自分も「あり」だとは思う。でもここで山本弘が描いているのは、現在ただいまのその世界が楽しいから、それはそのままこれからも残っていって欲しいなー、という彼が希望する世界だ。しかも悪い事に、ここにさらに、これまでも何度か彼の作品に関して言及した、「作家・山本弘」ではなく「と学会会長・山本弘」のアジテーション的ニュアンスも絡みあってしまっている。で、それはかなり、
気持ち悪い。
この気持ち悪さは本書の特に上巻には蔓延していて、読んでくこっちは「なんだかなあ」という気分で、なかなか自分のヨミススム・エンジンにしっかり火が入ってくれないところがあり、「これ大丈夫なのかなあ」って気持ちばかりが大きくなってきてしまったんだが、後半にはいってあんまり自分の戯言(失礼!)を絡める余裕が無くなってきたあたりから、お話はかなり燃える展開に移っていってくれたので一安心。
本書と「ゴラス」の一番大きな違いは、クライマックスにおける人類のふるまいだと思う。映画の方はやることを全てやった人類は、最接近するゴラスに対して、ひたすらじっと我慢するという形で描かれるんだけれど、本書ではここで、もう一度人間たちが圧倒的な力に対して抵抗する姿が描かれる。この改変に関しては全然文句なし。少々ベタな展開ではあるけれど、ベタだからこそ刺激できる涙腺もあるってものでね。そこの所はとても良い。
ただ、これは作家の哲学なのか、単に筆力が足りていないのかがわからないので何とも言えないんだが、全体として(前述した気持ち悪さ、ってところにも少々関連するのかもしれないけれども)描写が薄いと感じる個所も多くそのあたりで(燃える展開はありつつも)物足りなさも感じたかな。たとえばシーヴェル最接近、というカタストロフ・シーン、ニーヴン&パーネルだったら相当壮絶なシーンをたたみ掛けてくれたんじゃないかと思うけど、本書ではクルマに閉じ込められ、増水と戦う一般市民の描写のみ(や、もちろんこの前の震災で、それがどれほど恐ろしいものであるかはわかるのですが、それはそれとして)。全体に理屈で説明できる「手段」の部分の説明に隙はないけど、エモーショナルな部分やスペクタキュラな部分についての描写をするのは、この作家はあんまり好きじゃないか、得意じゃないのかなあとは思ってしまうのだった。結果としてはいくらでもディザスターSFの超大作に出来たであろうものが、出来上がってきたのは割と軽めのパニックSFに留まってしまっている、みたいな。
「妖星ゴラス」は自分にとって最高に好きな東宝特撮作品であるって事もあって、ちょいちょい「そうじゃないんだけどなあ」的気分になっちゃった、って事情は当然あるんだろう。それでも存分に燃えられる要素もあるし、総じて悪くない出来だとは思う。ちょいちょい挟まる原作映画リスペクト的描写(「金井! レバーを引け!!」も入れて欲しかったなあ)も楽しいし。でもなあ、やっぱり「面白いんだけど、何か軽いな」ってのが自分の感想です。
★★★☆
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