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神林長平 著
カバーイラスト 長谷川正治
カバーデザイン 岩郷重力 + Y・S
ハヤカワ文庫JA
ISBN978-4-15-031024-0 \840(税別)
地球にいるリン・ジャクスンの許に届いた一通の手紙。それはFAFに所属する情報将校、ロンバート大佐から、リンを通じて全人類に対して伝えられる衝撃的なメッセージだった。ロンバート大佐は自らをジャムと化し、ジャムの力を行使してFAFを無力化し、地球に対して宣戦を布告する、と言う物だった。一方FAFが展開する惑星フェアリィでは、ロンバート大佐によるクーデターとそれに呼応するジャムの大攻勢を事前に予知していた特殊戦を中心にしたFAFによる対抗作戦が進行していたのだが…
「雪風」の第一作を読んだのは自分がまだ学生だった頃。第一作ではマン・マシン・インターフェースを仲立ちにした存在と認識の物語、と言うように解釈してる。その15年後に発表された「グッドラック」では、認識、と言うテーマにさらに一歩踏み込んで、雪風という特殊なAIを間に挟んだ人類とジャムという全く異なる知的生命の間でのコミュニケーション、と言うテーマが語られていた、と思う。
で、三作目になる本書。ここで語られるのは、第二作が発表されてから現在に至るまでにSFが取り上げてきた新しめの話題である、(量子コンピュータを仲立ちにした)並行世界であったり、記述と言うテーマだったりを下敷きにした上で語られる、「リアルとはなんだ?」と言うことなのだろうな、とロートルSF読みは思ってる。合ってるかどうかは知らない。
で、このテーマに斬り込むために神林長平がやっているのは、なんて言うんだろう、神林長平式魔術的リアリズムの導入、とでも言うようなものだろうか。リアルとアンリアルの境界はどこにあるのか、その境界は動かすことの出来ない物なのか、境界が動かせるとしたら何が起きるのか、そもそもAにとってのリアルは、Bにとってもリアルたり得るのか、といった所への思考実験的な描写がかなりの部分を占め、「雪風」の大きなウリであるところの、たたみ掛けるメカ描写の方は今回かなり控えめになってきている。そこの所の不満は正直あるんだが、リアルとアンリアル、現実と仮想現実(仮に想うから仮想なんだよ、ってのは、なんだかすごい解釈だと思ったよ)に微妙なずれを生じさせ、その中で行われる会話劇のパートが、少々読んでるこちらが混乱してしまうところもあるにはあるけれど、総じて読む側に高いテンションを発生させてくれてしまうものだから、「あれ?」と思いながらもページを繰るのをやめられない、と言う不思議な作りの本になっている。つまりはこれが、キャリアが産み出す技巧と言うことなんだろうか。
最初の「雪風」はそのたたみ掛けてくる勢いがページを繰らせた。続く「グッドラック」は待望の続編、というヒキがページを繰らせた(もちろんそれだけではなく、読んでいくうちにこれは前の『雪風』から何歩も先に、登場人物も作者も進んでいるのだ、オレは取り残されかけているぞ、的焦りもあったわけだけどね)。そして本作は、もはや最初の「雪風」とは全く違うところにいる雪風たちのお話を体験している気分になってしまうような作品として自分の所にやってきた。おかしな話だけど、「アンブロークン アロー」ならGONZOのアニメーションの「あの」絵が案外合うんじゃないかという気がしてしまうんだ(w。それはダメだ、という意味じゃあなく、今まで文字を追い、漠然とした絵を自分の中で描いていたけど実は絵になっていなかった「雪風」の世界が、本書では、何やら判りづらい描写が連続するにも関わらず、根っこの所ではブレない絵を描いている、って事になるんじゃないだろうか。
著者が雪風を(それが生まれた時に)どうしたかったのか、もちろん判りようもないけれど、雪風がジャムとの戦いやFAFの面々とのコミュニケーションのやりとりを経て想像を絶する戦闘知性体に成長したように、「戦闘妖精 雪風」も、その時々のSFと言うジャンルの動きを敏感に感知、吸収して咀嚼することで、常に第一線に居つづけることの出来る表現の力、みたいな物を持っている、ってことを感じさせられた。しかもそれを、エンタティンメントとして成立する範囲内で。
それはかなり、すごいことだと思う。
★★★★
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