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生出寿 著
カバーイラスト 加藤孝雄
光人社NF文庫
ISBN4-7698-2029-1 \680(1993年版)
あ〜ま〜ぞ〜ん
太平洋戦争において、一面で「作戦の鬼才」といわれ、またその反面「真の戦犯」などといわれた陸軍参謀、辻政信(辻は本当は"’"がふたつのしんにょう)の作戦指導を解き明かす本。
商売物に手をつけるシリーズ。こいつにあまぞん書店のリンクを張るのは少々忸怩たる物もあるのだが、まあいいや。ノモンハン、ガダルカナルでの敵情を軽視したあまり戦力の逐次投入という愚策を繰り返し、あたら貴重な命を無駄遣いした張本人ながら、戦中も、そして戦後も一部で「天才的戦術家」ともてはやされた辻とはどういう人物だったのか、を追って行く本。「ジパング」にも顔出してましたね。
これはたぶん辻一人の責任というわけでもないのだろうけれど、当時の日本軍というのは合理的な思考、データを活用した作戦立案、という物よりも敢闘精神、突撃精神と現場主義からくる結果オーライの独断専行が良しとされた世界であって、そういう風潮の中でもっとも押しが強く、やり過ぎなほどに独断を押し通すが故にやたらと目立ってしまった人物が辻であったということなのだろうな。もう一つの日本軍的風潮である、妙なメンツの立て合いっこ(「まあまあ、そこはアレして、君はこっちで、彼は向こうで」的根回しですな)に馴れ合わず、全ての行動は自らの名誉と栄達のための物であった、ってあたりが辻を際だたせたのだろう。
辻のキャリアでもっとも華々しいのは、なんと言っても山下将軍(マイク水野が好んで扮する、あの方ですよ)のシンガポール攻略戦だったわけだが、たとえばその前の悲惨きわまるノモンハンの負け戦、またはこのあとの、さらに悲惨きわまりないガ島の攻防戦での、同じ人物がこうも違うか、とまで思えてくる作戦指導の降雪の落差なんかを見るにつけても、この人物というのは、自分より弱い相手には緩急自在の戦闘を仕掛けられるのだけど、自分より強い相手と戦うときに、まず相手が自分よりどれぐらい強いのか、というところからすでに見極め切れていない、というあたりが見えてくる。というか、これは当時の日本の戦争指導者の大半がそうであったのだろうと思うのだが、そもそも戦争をするときに、敵、という存在を常に自分と同じか、やや下のレベルであると勝手に判断してしまい、彼我に実は巨大な戦力差がある、事をハナからあり得ないこと、と退けて、自分に都合の良いように戦況を解釈してしまう傾向があるわけで、つまるところは情報の重要性、をついぞ理解できないまま、いびつな形で戦争指導に深入りし、成功は自分の手柄、失敗は自分以外の力不足と断じて恥じない指導者を大量に生み出したわけで、その、ややカリカチュアライズされた象徴、みたいな存在、が辻政信という男であったのだなあ、と感じる。
マンガのキャラならそれでも良かろうが、この男は実在の人物で、この男の空気を読めない功名心でノモンハンとガダルカナルでは、併せて少なくとも数万の将兵が死傷し、この戦いの趨勢が、やがて沖縄をはじめとする島々の、それから本土の膨大な数の民間人の死傷者を生み出すことになる。にもかかわらずこの人物は生き延び、あろう事か本など書いて印税を得、さらには議員さんにまでなっちゃったりしている。そうさせてしまうオレらもまた、情報を使いこなしていない、ということになるのだよなあ、とコイズミ圧勝の選挙後に少々嘆息しつつ本を閉じるのでありました。
辻は泥沼化していたベトナム戦争で、今一度自分の名を上げるため、ホー・チ・ミンとの直談判をもくろみインドシナに潜入するが、その後の消息は途絶えている。ある意味出来損ないのマンガの登場人物としてキャラクタライズされた自分を全うした、とも言えるような末路であったのかもしれない。ただ、このマンガの唐人物は、同時にリアルな世界で膨大な、死ななくて良かった人たちの命に責任があると思うわけで。そうやって無駄死にする羽目になった人の魂も、「英霊」としてどこかにまつられてそれ以上の問題意識を持つのは遠慮しようね、って風潮はちょっと、どうかと思うなあ、と、これはよけいな話か。
よけいな話ついでにいうなら、未だにこの国では辻だの瀬島だのから、エスタブリッシュなビジネスマンのためのノウハウが得られると思ってるフシがあるように見えるのだが、何とかならんのかこの風潮は。
(★★★)
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