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2005-12-14 [長年日記]

[Books] 東條英機と天皇の時代

4480421637 保坂正康 著
カバー写真提供 毎日新聞社
カバーデザイン 間村俊一
ちくま文庫
ISBN4-480-42163-7 \1200(税別)

究極の官僚、責任の無自覚

東條英機とは何者だったのか、彼と彼によって指導された陸軍、そして日本はなぜ敗れなければならなかったのかを、膨大な調査資料を基に丹念に読み解く労作。絶版となっていた文春文庫版に、その後の調査で明らかになったいくつかの訂正を加えての復刊。

しばしばヒトラー、ムソリーニ、東條英機、てのは、まあ第二次大戦の三大魔王のように扱われるわけだけれど、前の二人に比べると東條というのは日本人なワタシから見るとずいぶん小者に見えてしまう。というか、まあヒトラーに比べればムソリーニも充分小者なんだけど、それでもファシズム、という「思想」を開いて、それがヒトラーに影響を与えたとも言えるわけだからやはりそれなりに大物と言っても良いのだろう。比べると東條という人物は、日本の国策上きわめて重要な方向性を打ち立てたとも言えなければ、戦争指導においてめざましい立案をなしたわけでもない。著者、保坂氏が言うように東條という人は、明治以来の「統帥権」というあやふやな権威が国政との間で生じたきしみが、どんどん大きくなってもはや取り返しが付かなくなってしまったそのときに、たまたまその責任を取らなければならない立場にいただけの人物であった、ということ(そこのところが欧米人には良く理解できなかったのだろうなあ。開戦時の首相である、ということの責任の重さへの認識が、欧米人と日本人では全く違っていたのだろうと思う。)なんだろう。もちろん、だからといって東條の責任を割り引いて考えたりすることは到底できないのだけれど。

そもそも東條家というのはもとは江戸の有力な能楽師の家系であったのだそうだ。それが能楽に熱心な南部藩(今の岩手県ですな)に招かれ、そこで一時はそれなりの繁栄を遂げながら、藩政の改革とともに能楽師が重用されなくなって家運は没落、家は儒学者の家系としての変針をする(それはやがて軍人への道と変わっていく)のだが、明治維新で最後まで薩長と反目する立場にあった東北諸藩の一員であったがゆえ、英樹の父、英教も優秀な陸軍参謀まで昇進しながら、陸軍をほとんど私物化する長州閥の前にしばしば苦杯をなめさせられ、長閥への恨みを募らせていく。そんな父を見ながら同じ久軍人の道に入った英機もまた、長閥憎しという意識を根深く精神の奥底に秘めることになってしまったのだそうだ。それが一種の容赦のなさに繋がっている、と。

それと同じく、東條の精神を支配していたのが「暗記」であったらしい。

彼はこの教訓を自らのものとした。手本を何度も読み、暗記してしまえばいいのだ。努力とはそのことを意味する。人間の差異は暗記する努力の時間をもつか否かにある。彼はこの考えを終生の友とした。

この「暗記したデータ」の開陳こそが、東條の真骨頂であったらしいと言うことは、本書でもたびたび登場する。物事が蓄積されたデータを瞬時に見つけ出し、それに沿って動いているかどうかをチェックすればそれで良い間は、東條はきわめて有能な人物であったといえるのだろう。そういえばヒトラーもそういうところがあったようですな。ただ、ヒトラーと東條が違っていたのは、ヒトラーには自分が国を動かしている、という自覚があったが、東條にはそれがなかった。儒学者の家系でもある東條家において、何を措いても重要なのは天皇であり、天皇に象徴される日本の「国体」であった。東條は東條なりに自分の責任、というものを真摯に受け止めていたフシはあるけれど、それはあくまで東條個人の、天皇に対する責任感であり、これだけは揺らぐことがなかったワケだけど反面、一国の指導的立場にある公人として負うべき、国民への責任という面においては呆れるぐらい無頓着であった様子が伝わってくる。彼自身は裏表のない、まじめな人物なんだけど、問題なのはそのまじめさが向けられるべき相手なのね、自分の立場、を考慮した上での。東條にはここのところのセンスが決定的に欠落してしまっている。自分の目の届く範囲においてはきわめて公平で、しばしば温情にあふれた振る舞いをするのに、自分の想像力が届かないところに対しては、「暗記」している数値とか判例以上のことは何一つできないまま、ずるずると悪い方向に向かって流れていくのを止めることができないまま、いたずらに時間だけが経っていく…

いろんな意味で示唆に富んでますね。半世紀以上前に起きた悲劇からの教訓は、どう見ても有効な教訓として機能してないのが今の日本って感じはしてしまう。一人東條の問題なのではなく、きわめて官僚的な対応しかできない人間ばかりが集まった指導者たちの中で、たまたま東條が一番、その責任を問いやすいと言う理由だけで一種の生け贄にされてしまうような状況まで含めて、前の戦争の後始末で起きたいろんなおもしろくない話の劣化コピーみたいな出来事が、今の日本でもちょくちょく見かける現状を見ても、あの戦争で日本は何を反省したんだろう、という気になってしまう。

そもそも(これもある意味故オブチ君が首相になったようなモンだもの)その発端からして、ある程度斟酌してあげないといけない事情もあるのは認めた上で、東條には大きな責任がある。ただ、雲行きに流されてあるとき一斉に、東條のみにその責任をかぶせようとするのも日本人だし、それでまた雲行きが変わったら、その責任を「自虐」などといって無かったことにしようとするのも日本人。なんというか、ついに成熟できないまま死んでしまった東條英機という人物の生き様そのものが、いまだに明確な立ち位置を世界に向けて説明できていない現在ただいまの日本国にぴったりオーバーラップしてしまっているような気はしないでもない。とりあえず右も左も、もうちょっと頭冷やしていろんな書物にあたった方がよいのでは無かろうか。もちろんその中には本書も含まれるわけですが。

4062749424

こちらもよいです。→マイ感想

(★★★★)


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