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2006-02-22 [長年日記]

[Books] 昭和陸軍の研究 (24:26)

4022615001402261501x 保坂正康 著
カバー装幀 間村俊一
朝日文庫
ISBN4-02-261500-1 \1200
ISBN4-02-261501-x \1200

良くわからない何かに流され続ける人たち

300万人以上の日本人、そしてそれ以上の数のアジアの人々を死に追いやった日中戦争から大東亜戦争までの15年間。その中心にあったのが日本陸軍だった。「天皇の軍隊」であるはずの彼らが、なぜ結果的に天皇その人と8000万の日本国民を壊滅寸前の危機まで追い込むことになったのか、その過程で何があったのか、そして「結果」が出されたときに、誰がどのような責任の取り方をしたのか。膨大な数のインタビューを元に、昭和陸軍の歴史を追う大著。

500人を超える関係者への丹念なインタビューを元に作り上げられた大変な力作。これらのインタビューに関しては、保坂氏の既刊、 「昭和史 忘れ得ぬ証言者たち」でもいくつかのエピソードが語られているが、あちらは基本的にそれなりに名のあった人々がメイン。こちらではさらに、実際に戦争に参加し、幸運にも過酷な戦場から生還した人々による生々しい証言が次々と語られる。それはなんというか、読んでるこちらが思わず居住まいを正さなくては、と思えてきてしまうような凄惨なエピソードの数々だ。

それほどまでに過酷な戦場を、広くアジア・太平洋地域に現出させ、多大な犠牲と今に至るも解決しない様々な外向的軋轢を産み出す、その大元となった昭和の日本陸軍とはいったいいかなる存在であったのか、その誕生から終焉(本当は完全に終焉を迎えた、とは思えないのだが)を克明につづる本。同じ著者による「東條英機と天皇の時代」などとも重複する部分はあるが、やはりその読み応えと説得力は大変に大きい。

日本陸軍に最初の変化の兆候が現れたのは、2・26事件であった、と言うことらしい。急進的な青年将校たちが暴走した→この事件をきっかけに陸軍は一気に国政の中枢を掌握しうる権力を手中にした、というのはまあ、これまでもいろいろな書物などで語られては来ているのだが、意外に注目されてこなかったこととして、この時期、(日清・日露といった)実戦経験を積んでいない幹部軍人の数がかなり増えてきていた、と言うのは大きな理由のひとつとして考慮されても良いだろう、と著者は言う(不謹慎ですけどワタシ、思わず変身人間シリーズのどれか(たぶん『ガス人間』)であった、『ああ、もう一回やってくんねえかな』ってセリフを思い出しちゃいました)。

実戦経験のない軍人ぐらい始末に負えない人種ってのはいないんだろうね。教わる内容は多岐にわたり、情報もそれなりに増えている。先輩たちの話もさんざん聞ける。ただ、自分が実際に現場に立って仕事をした経験だけが積めない、という人々が増えてくる。そんな連中が「統帥権」を盾にやりたい放題のことが出来るようになった、と言うのが2・26事件のあとの日本であったのだろうと思う。現場に立たない指揮官は現場がわからない。だから教科書だけを頼りにする。少し時が経ち、日本がアメリカと本格的に戦うようになると、この現場の事情、ってヤツがわからないばかりに日本は無駄な犠牲ばかりを繰り返していることがわかってくる。たとえば…

アメリカ軍の飛び石作戦は、航空基地を占領し、そこから次つぎに爆撃機を飛ばして日本軍の守備地域を攻撃してくる。それに対して、日本は島全体を守ろうとし、常に「戦の主役は歩兵である」との教訓にこだわり続けた。日本軍が地上戦でサイパン島を制圧しても、それは地上の面積百八十二平方キロに過ぎない。

ところがたとえ地上の面積が狭くても、航空基地とその周辺を押さえただけで、空の広さは確保される。簡単に言えば、爆撃機の行動半径(航続距離)を円でえがいたその空間が占領地となる。制空権の確保は、地上よりもはるかに戦略的利点が大きいのだ。

あと知恵かも知れないが、今のぬるま湯ご時世に生きてる少々半可通なマニアでもすぐにわかるこの理屈すら、当時の陸軍首脳には見えていなかったと言うこと。こんな状態でちびちびと戦地につぎ込まれ(ヘタをすれば戦地にたどり着くことすら出来ずに)、大変な苦労をなめることを余儀なくされた兵士の方々にはなんと慰めの言葉をかけたらいいのか、困ってしまうのであった。ヒトラーはスラブ民族とロシアの大地を甘く見て失敗するのだが、日本陸軍は何かを甘く見るも何も、それ以前に自分たちの目の前にある教科書のみを信じ、それ以外のものはハナから拒否して世界規模の大戦争に突撃してしまっている、という印象。ゲームの「ストリートファイター」で無敵だから、街に出てヤー様にケンカ売ってるようなもんだった、ということか。

さらに暗い気持ちになってしまうのは、前段の絡みでいくなら「おまえは『ストⅡ』極めたから街でケンカしてこい」とあおった人間たちの大部分が、それでぼこぼこにされて帰ってきた部下を見て、「オレそんなこと言ったっけ?」とシラを切っているのが昭和陸軍的体質だった、と言うことだろうか。そこにあるのは、あくまで自分の物差しでしか周りを見ることが出来なかった人たちの集まりが昭和陸軍であり、そんな集団に政策の大部分の決定権を与えてしまった日本であった、と言うことなのだろうな。

きわめて大部にわたる力作なのだが、その辺を考えると個人的にはもう少し、第1部と第3部に力を割いて欲しかったような気はする。第2部は実際の戦争における、様々な、現場にいた人たちからの証言で、それはどれも重い物なのではあるけれど、あえてそこは代表的なエピソードにとどめておいて、本格的な宣そうにはいる前の昭和陸軍、それから「負け」が避けられないことが明らかになったあと、と実際に負けちゃったあとの昭和陸軍がいったい何をし、何をしなかったかについて、の方にもう少し注力してくださったら、と思わなくもない。特に第3部について、もっと深く深く突っ込んでみて欲しかった、とは思うのであった。

なにせ現在ただいまの日本国の、「なんだかイヤだなあ」と思えることどもの多くの背後に、いまなお健在な昭和陸軍の生き残りの匂いみたいなものがぷんぷんしてるような気がしてしまって仕方がないものですから。

(★★★★)


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