ばむばんか惰隠洞

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2004-08-03 [長年日記]

[tDiary] TrackBackをちゃんと動くようにする

以前、はてなダイアリーの yukattiさんからTrackBackをいただいた時に、こちらでは盛大に文字化けしてしまったことがあって。

理由はだいたいわかってて、ちゃんとtDiaryのサイトでも、

なお、これらのテクノロジはXMLを使っているため、文字コードとしてUTF-8を使うことが推奨されます。Rubyの拡張ライブラリのuconvを入れることで、上記のプラグインはUTF-8に対応するようになっています。可能であればuconvを入れた方が良いでしょう。

としっかり注意書きが書かれている。uconv、てのはよしだむさんが公開されているRubyの拡張モジュールで、そういうモノがあるというのはちょっと前に知ってたんだけど、なんか敷居高そうだなあと思ってなかなか先に進めないでいたわけです。Rubyが動く環境、ないし。

ところがtrial、というサイトでXREA用にコンパイルしたuconvモジュールがあるのを見つけちゃいまして。試しにこれを入れて、自分のはてなダイアリからこちらにTrackBackを送信してみたら、とりあえず文字化けは発生しないみたい。結果オーライ、ですかねこれは。とりあえずこの状態でしばらく様子見てみる。

おお、よく見ると「本日のリンク元」の検索文字列の文字化けが一掃されているではないか。はらしょー、わんだほー。

[web] さすがはマスター

グスレで発見。

「ルークよ、いかなるときでもスルーを忘れてはならん。」

味わい深いなあ(w。

[Books] オウム法廷(12) サリンをつくった男たち

本書カバー 降幡賢一 著
カバー装幀 神田昇和
朝日文庫
ISBN4-02-261422-6 \1300(税別)

坂本弁護士一家殺害事件、松本サリン事件、地下鉄サリン事件など、一連の事件とそれに関わったオウム真理教の信者たち、その中心に位置するグル、松本智津夫をめぐって続いてきたオウム法廷は、直接の事件関与者とは別に、それら事件の多くで「武器」として使用された毒ガスの製造に当たった者たちの責任を問いただしはじめる。高度な教育を受けた青年たちをして、人を死に至らしめるためだけに存在する化学物質を作らせるに至った真の動機ははたして見えてくるのか…

というのがまあ本書の前半の構成になっているのだけど、サブタイトルとは裏腹に本書の見所は、教団でもっとも多くの死傷事件に関わり、「もっとも血生臭い男」と呼ばれる新実智光被告のやりとり。それが真に信仰心から来るものなのか、それともすでに死を覚悟して自らをトリックスターに仕立てて死んでいこうとする気持ちからなのか、真相は測りかねるが、オウムが関わったさまざまな事件で命を落とすことになった人々を、その遺族に対しては一定の哀悼の意を表しつつもその「死」自体は自らの信仰に基づく救済行為であり、亡くなった人々は確実に来世で救われている、オウムの理想が完遂し、この世に楽園を作るための避けられない犠牲である、と言い切る新実に対し、「人間性」という言葉を安易に信じて、そこに望みを託しているが故にいらだちの募るのを押さえきれない筆者の降幡氏、さらには遺族の皆さん、裁判官、といった図式になかなか考えさせられるところが多くって。

法治国家が犯罪と認めた事件において、その犯罪者は法で裁かれなければならないわけだけど、「法」の側からは「犯罪」と見える行為であっても、対極にいる側からすれば全ては揺るぎのない信仰の元で行ったことであり、いくら「法」の側がその犯罪性であったり非人間性であったりを糾弾したところで、彼、彼女から見れば「異教徒」でしかないもののそんな行為など、自分の宗教行動において、単に乗り越えるべき障害の一つでしかないわけで。「法」の側が「人間らしさ」を、「人としての気持ち」を説けば説くほど、それは林檎を食べろとささやく蛇の声にしか聞こえなくなっていくわけで、そこでこちら側にいる人間が、こちらの理屈でもってうまく行かないいらだちを見せれば見せるほど、彼にとっては自らの宗教活動がより高みにのぼっていくことの証明な訳で、これ、現行法制でいかに厳罰が被告に適応されたとしても、それは遺族の方に一定の満足を与えることはできても、犯罪者としての宗教家に対してはなんの罰も与えてないのに等しいんだよな。殉教者になれるんだもの。もしかしたら宗教がらみの犯罪の場合、極刑は死ではなく、何か究極の宗教的な恥辱を与えるようなものの方が有効だったりするのかなあと思ったりもした。たとえばイスラム教徒への極刑は毎日牛丼食わせる、とか(あまり真剣に取らないでください)。

なんというか、理性と信仰(あるいは異なる二つの信仰、または損得と信仰、でも)が衝突した時の収拾の付け所の難しさ、ってもののミニモデルになっているなあという感じで。ちなみにこの裁判の行われていた時期に、9.11テロが発生しているってあたりも含めて、単にオウムの犯罪、というだけでなく、宗教ってものが秘めてる容赦のなさと、異教徒はどう付き合っていくべきなのか、ってとこまで含めて、少々考え込んでしまったのでした。宗教が自らの信念でもってことを起した時、一体何がそれをとどめる力になり得るんだろう、ということ。簡単にそれがわかってたら、世の中とっくに平和になっているんだけど。

(★★★)


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